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震災復興中の町でコアコンを・吉田研さんインタビュー

‘11年に東日本の太平洋側沿岸を中心に大きな被害をもたらした東日本大震災。岩手県大槌町も20m近い高さの津波に襲われ、人口約15,000人のうち1,285名が死者・行方不明者となるなど、甚大な被災を受けた地域です。

この町に縁もゆかりもなかった一人の青年が移住し、人々の健康のために活動しています。ほぼ東京でしか生活をしたことがなかった彼が、なぜこの地域で腰を据えて日々活動をしているのか。隣市を故郷に持つ筆者がインタビューを行いました。(この記事はJCCA会報誌 CCJ2017.10月号の内容に加筆したものです)

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吉田研さん。8月中旬というのに三陸特有のヤマセ風(冷風)や2週間以上続くという雨のせいで、肌寒さを感じる日だった

プロフィール:都内病院リハビリテーション科勤務と東京23フットボールクラブ専属トレーナーを経て、岩手県上閉伊郡大槌町に移住し特別養護老人ホーム三陸園・ゆーらっぷにて現業に従事。勤務先での利用者に対する機能訓練の他、シニア施設での運動指導など多忙な毎日を送っている。

 

被災地に来た理由

 

こちらに来たのは震災がきっかけとのことですが

「発生して半年後くらいに同じ沿岸部の陸前高田市に、当時トレーナーとして所属していたサッカーチームのボランティア活動で来たのが最初です。当時は『震災ボランティア』が多かった時期。自分たちもその波に乗るような形で来てみたのですが、想像以上の被害だな、と。

甘く見ていたわけではなかったのですが、これは軽い気持ちでは絶対に無理で、持てる力の100%、200%を出さないといけない状況だな、と感じました。当初はガレキの片付け等の仕事を、そこから毎年来るようになって、3年目に自分の専門であるケアや健康相談をこの施設でできるようになりました。ストレッチポール®の教室も行っています。」

どうしてこの施設で働くことになったのですか

「東京で社会人生活の七年間を過ごすうちに、いろいろなセミナーに出かけたりJCCAのマスタートレーナー資格を取ることもできました。自己満足レベルですが、多くの知識を吸収したと思っています。

でもどこか「自分のためにやってるな」という感覚もあり、それが『人のためにすべて還元できているのだろうか』という気持ちがあったのも確かです。未熟かもしれないが今自分が持っているものを全部発揮できる場所はないだろうか、と求めていたんですね。ボランティアで来るうちに、ここの施設長さんに誘っていただいたのが大きかったです。とても熱心に声をかけてくださったので。」

シニアの方は全国にいらっしゃる。ここは東京の方にはあまりにも不慣れで不便な環境だと思います

「そうですね。ですが、僕は「ご縁」を大事にしたいと思っています。数ある事業所のなかでなんとなく最初に電話を一本入れたのがここでした。そこから毎年来させてもらって、顔を覚えてもらって、心から「ありがとう」と言っていただいて…。それを感じたからこそ今ここにいるのだと思います。せっかく出会った方々なので。」

まさに「運命」とも言えるような…

「僕はここに来るまではJリーグを目指すサッカーチームにいました。サッカーでは自分の価値を輝かせる場所を求めて、選手は例えばドイツに武者修行にいったりさまざまな地方のチームに行ったりするんですね。それに比べれば、そんな大したことじゃないのかな、と思えたんです。絶対に得るものはいっぱいあるだろうし、他ではできない経験かな、と。

確かに住めば住むほど、ここの方々がいろいろなものを必要としていると感じます。ちょっと大きな病気だったりすると140km離れた盛岡まで行かなくてはならない。ケガしても専門的に診てくれる病院がない。パーソナルトレーニング受けたいと思ってもトレーナーがいない。機能訓練やリハの分野でも全然人が足りないんですね。このような環境で僕が少しでも貢献できれば、と思っています。」

町がもがきながら精一杯生きている感じがします

「『復興』の『復』の部分は急ピッチで進められているのだと思います。しかし『興』は今なんとか町の人たちが一生懸命になって、いろいろな町おこしやイベントを開催して頑張っている。そのような時に自分もストレッチポール®の体験会を行ったりして貢献できればいいと思っています。」

JCCAとの出会いについて

 

そもそも、なぜマスタートレーナーになろうと思ったのですか

「やはりベーシックインストラクターからアドバンストトレーナーへとステップアップしていくうちに目からウロコが落ちるような体験が何度もあったんですね。例えば姿勢評価ですよね。理学療法士の学校では、かなり細かく「どこが屈曲してて、回旋してて」と見ることを覚えるのですが、JCCAのアドバンストの「ブロック姿勢評価」を教わった時に、あれってPTの学校では教わらないことだったんです。

でも今から考えれば当たり前というか、そこから見られないと始まらないでしょ、と思うんです。自分は当時全体像を把握しきれていなかった。受講した時に、何か違うぞ、と。こんな近道があったのか、とビックリしました。」

マスター課程ではさらにいろいろなことを詳しくやるんだ、と

「発育発達もそうですよね。PTの学校でもやるんですが、JCCAでは深く掘り下げていて、大変プラスになると感じました。

自分では、理学療法士がベースになっている、とはあまり思っていないんですね(苦笑)。これまで学んだあらゆることを状況に応じて選択し活用する一人の人間だと意識するようにしています。JCCAマスタートレーナー資格の取得過程では多くの学びを得ました。コアスタビライゼーションで学んだことをこのシーンで、とか、それぞれを分け隔てなくその方や状況に併せて活用できるようにしたいと思っています。

また、集団指導が苦手な方にもおすすめです。僕の場合はマスター課程を学ぶことで、ツールを使って指導ができて効果も引き出せるなどを実感し、自信が持てましたね。そこから介護予防教室もできるようになりました。JCCAで学んだことが、もともと考えていた分野以外にも派生していったのです。」

被災地の現在と吉田さんの将来

 

この町で一年暮らしてみて感じることを

「震災の影響はいまだに続いています。震災から6年半たち、家がだいぶできてきました。しかし、利用者さんにはこれまで3回引っ越した方がいます。当初の体育館から仮設住宅へ、さらに親族の家へなど。そこからまた新しい家ができ環境が変わってしまう。この変化や負担で運動量が落ち、以前はできていたことができなくなってしまった例がいっぱいあります。こうなる前に関わっておきたかった方ばかりです。そのできなかった悔しさがあります。

反面、ハードが整ってきたことで、メンタル的な部分に目を向けられるようになってきたのかとも思います。『震災前はこれができていた、ヒザや腰を治してまたあの頃に戻りたい』という声を良く聞きます。その前向きな気持ちに寄り添ってお手伝いしていきたいと思います。」

吉田さんのお陰だと思いますが、利用者さんたちには運動に対する積極的な姿勢を感じました

「ここの職員さんやその家族、お子さんにもトレーニング指導を行っています。勤務後の一つの刺激になっています。

もう一つは、自分は仮設住宅を借りて住んでいるんですが、近所の人がカラダに悩みがあると相談されることもたくさんあります。それで訓練の仕方をお伝えすると、お礼に『ご飯食べて行かないか』とか『こんなおかずを作ったけど食べるか』と持ってきてくれたりする。

人と人との距離が近い、といいますか。絶対に東京で味わえない経験ですよね。ここで暮らしていると『生きている』という感じがします。『仕事で来ている』というよりも『この町で生きている』感覚がすごく大きいです。」

10年後はどうされていると思いますか

「漠然とですが、いつかは自分の事業所を持ちたいなとは思っています。どこの場所で、とかは全く考えていないんですが。思いとしてはありますが、ただ自分の性格上どう変わるかわからないです。いきなり大槌に来てしまうような人間なので。来年同じ質問をされたら「岩手にずっといます」と言うかもしれません(苦笑)。一貫してあるのは、皆さんの「笑顔」や「明るい生活」が生まれる場所を作りたいとは意思としてあります。」

最後に、活躍の場を求めている方々にひとことを

「ここではまだまだ自分のような人が足りていません、ですから今すぐにでも仲間が欲しいのですが、別に被災地でなくてもかまわないでしょう。誰か自分を必要としてくれている方がどこかにいる。「役に立てているのかもしれない」という実感を毎日味わうことができます。それが「もっと頑張ろう」というモチベーションに繋がります。ですので、都会にいる方は新たな経験を求めて地方へ一歩踏み出していただければと思います。」

〜お話しを伺って・インタビュワーの感想〜

取材に訪れて印象的だったことは、人々の明るさでした。施設利用者の皆さんは確かに痛いところを抱えていますが、それでも前向きに生きておられることを感じました。その他にも職員の皆さんや、サッカーチームの子どもたち、保護者さんたちも元気で朗らかな表情で暮らしていました。皆さんの態度に接すると震災の影響を忘れそうになりますが、一歩外に出ると町が大きく生まれ変わっている途中であることを痛感します。

吉田さんにお会いするまでは「なぜ?」の連続でしたが、「人は何のために生きるのか」という問いに対する、一つの答えが垣間見えた気がしました。吉田さん、また取材に御協力いただいた皆さんに深く感謝致します。

(了)

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吉里吉里地区旧中心部。津波により大半が流されたため、残っている建築物も解体して更地にし、新しい町づくりの基礎が始まっている

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波板地区ぬくっこハウスにて可動域評価や運動指導。当初は言葉の壁を感じたこともあったというが笑顔でコミュニケーションにあたっている

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ぬくっこハウス外観。後方は仮設住宅

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ぬくっこハウスにて集団指導。職員さんもストレッチポール®の使い方を吉田さんから指導されている

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勤務先の三陸園で92歳の方へケア。普段は元気な92歳だが、腰椎捻挫を患ったとのこと。「こういう急性症は改善が日ごとわかるのでやりがいを感じます」

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吉田さんの勤務先「三陸園 ゆーらっぷ」。町を一望できる高台にあり、震災の直接的な被害は免れた

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三陸園からの眺望。今は穏やかな海だが、震災の爪痕は深く残っている

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吉田さんの今の住まいは仮設住宅の1部屋。住民同士が助け合って暮らしている

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週に一度はサッカー少年たちの自主練を指導。「良いリフレッシュになっています」つい本気になってしまうことも